井村亘歌集『星は和みて』

瀬谷こけし
 四月にご恵送いただきながら、いままで読むことのできなかった井村亘さんの歌集『星は和みて』について、若干の紹介をさせていただきたい。この度、全巻を通読させていただいたが、今でも以前合同歌会で拝見した次の歌がわたしには一番鮮明だ。

01 しなやかに身をのけぞらすイナバウアーをとめのポーズしばしとどめよ

 荒川静香の、あの氷上のポーズ。それはきっと何度も目にすることの出来るものではないのだろう。まことをとめの姿。愛(お)しみ、惜しむべきものなのだ。そのことを認識させてくれる歌だった。そしていま再読しても、心持ちの清らかさがこころに染みる。
 また、

02 吹きすさぶ高圧線の高鳴りに昂ぶるこころ鎮めかねゐつ

こんな歌は、上句の言葉から情景を自分で捉え直す必要があるが、そこに凄まじさが読み取れると、穏やかな言葉の向こうにあるものの姿が見えてくる。

03 「地についた意見を吐け」とそしられきされど大地は磐石なるや

 この歌も、怒りや憤りが、穏やかな表現の向こうに見えてくる歌だが、これなどは彼のガレリオ・ガレリイが漏らしたと伝えられる言葉と似て、もっともっと大きな大変動を思料の中に入れている者の嘆きでもあることがわかってくる。

04 自販機の並ぶ世なれど〈駅前の燈台〉の気概もて店に坐りぬ

 この歌は、そういえば以前は駅前に必ずあったような、切手もタバコも駄菓子も売っているような店を今も続ける人物の気概を感づかせてくれる。

05 樹の洞(うろ)をおびただしき蝶飛び出せり火炎放射を浴びしごとくに

 歌われている情景はよく分かるが、そこに「火炎放射」の比喩が使われると、南方戦線や沖縄戦線で、島の洞窟にこもって抗戦をした日本兵や日本人の姿が、著者のこころに焼きついていることが諒解される。飛び出さざるをえない悲惨がそこにあるに違いないのだ。火炎放射を浴びせられる洞窟の中にも、また蝶の群れいた樹の洞の中にも。きっとこの歌の中に、井村さんの基本的な人間観は語られているとみていいのだろう。死がいつもすぐ近くに控えているのだ、人間には。




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