近代の本質 ---『ヴァーグナーの場合』から

瀬谷こけし
 ニーチェのこの近代の本質の捉え方は重要だ。とりわけわれわれがこの克服のためにどのような方途を取りうるのかを考えるために。無差異的な自然回帰などではないのだ。

> --- しかし、バイロイトの連中のそれのごときそうした虚偽は、今日ではなんら例外ではない。私たちはすべてキリスト教的貴公子という非美学的概念を見抜いている。諸対立のあいだでのこの無邪気さ、虚言のうちでのこの「やましからざる良心」はむしろすぐれて近代的であり、人はほとんどこれで近代性を定義したことになる。近代的人間は、生物学的に、価値の矛盾をあらわしており、彼は二つの椅子の間に坐っていて、一息に然りと否とを言う。まさしく現在において虚偽そのものが、肉となり、天才とすらなったということに、何の不思議があろうか?
 (『ヴァーグナーの場合』「結び」原佑訳、ちくま学芸文庫。下線は引用者)

 ワグナーの《パルジファル》を批判したものだと言えば、この短い引用からでも分からなくはないだろう。この虚偽、建前の上にわれわれは坐らされている。
 また、生(の全体性)は、時代においてその類型性を分析すべきものだ、という方法論もここから見えてくる。生の全体性に感謝しているだけでは哲学にならないのだ。
(これはさらに大衆社会論でもある)

以下、原典。

> --- Aber eine solche Falschheit, wie die der Bayreuther, ist heute keine Ausnahme. Wir kennen alle den unästhetischen Begriff des christlichen Junkers. Diese Unschld zwischen Gegensätzen, dies "gute Gewissen" in der Lüge ist vielmehr modern par excellence, man definirt beinahe damit die Modernität. Der moderne Mensch stellt, biologisch, einen Widerspruch der Werthe dar, er sitzt zwischen zwei Stühlen, er sagt in Einem Athem Ja und Nein. Was Wunder, dass, gerade in unsern Zeiten die Falschheit selber Fleisch und sogar Genie wunde?
(KSA. Bd6, Der Fall Wagner, Epilog)








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