《宮沢賢治の修羅 ノート5 修羅の成仏2》

瀬谷こけし

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 宮沢賢治のいわゆる『雨ニモマケズ手帳』の中の「病血熱すと雖も」(昭和六(1927)年)で始まる詩を紹介する。ここには「修羅の成仏」という問題の最も核心的な問題が、自らの三重の熱悩のたなだなかでリアルに把握され、恨み怒るみずからの瞋恚の心身そのものが「修羅」として捉えられている。しかしこの修羅のただ中にあることは「道場」として、いわば一種の喜びの内に捉えられ、賢治はまさにこの修羅の心身そのものを仏の国土にすべしという課題を自覚し、それに向かおうとする。
 この修羅を成仏させる戦いは、同じ手帳の「わが六根を洗ひ」の詩においてその成就を見ることができるのではないだろうか。あるいはそれは成就のイメージにとどまるかもしれないが。しかしともあれそこで賢治は、「清浄なれば/また病苦あるを知らず」と一瞬にせよ言い得たのである。そしてそこにもまた六根を洗う「水」が必要であり、それが何かが考察されなければならない。


病血熱すと雖も
斯(かく)の如きの悪念を
仮にも再びなすこと勿れ
斯の如きのa.瞋恚(しんい) 先ず
身を敗(やぶ)り人を壊(やぶ)り
順次に増長して遂に絶するなからん
それ瞋恚の来る処
多くは名利の故なり
血浄く胸熱せざるの日
身自ら名利を離れたりと負し一切を
童子嬉戯の如くに思ひ
私(ひそか)にその
念に誇り酔ふとも
見よ四大僅に和
を得ざれば忽ちに
諸の秘心斯の如きの
悪相を現じ来って
汝が脳中を馳駆し
或は一刻
或は二刻或は終に
b.唯是修羅の中を
さまよふに非ずや

c.さらばこれ格好の道場なり
三十八度九度の熱悩
肺炎流感結核の諸毒
汝が身中に充つるのとき
d.汝が五蘊の修羅
を化して或は天或は
菩薩或仏の国土たらしめよ

e.この事成らずば
如何ぞ汝能く
十界成仏を談じ得ん

(『新校本全集』巻13校異篇より。一字訂正)
(( )内読みがな及び下線とその記号は引用者)


問題:
1.ここで宮沢賢治は「十界成仏」の思想の核心に切り込んでいる。
これについていろいろ考えたいことはあるが、眠くなったので後日考察する。



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