《宮沢賢治の修羅 ノート7 賢治仏教の修羅》

瀬谷こけし
 童話『二十六夜』は、賢治仏教の骨子を示した作品に見える。ここで語られている教えを、わたしは賢治仏教と呼んでみたい誘惑に駆られる。末尾の二十六夜の月とともに来迎した「疾翔大力に主人公が救い取られるさまは、衆生が阿弥陀仏に摂取されるさまに似ていて、むしろ浄土教的なシーンに見えるのだが、賢治にとっては、それも構わないことだったのだろう。そして今見ておきたいことは、この童話の「説教的」な語りの中で、修羅がどのように位置付けられているか、ということだ。次の二ヶ所である。

> 「うん、尤もじゃ。なれども他人は恨むものではないぞよ。みな自らがもとなのぢゃ。恨みの心は修羅となる。かけても他人は恨むでない。」(『文庫全集』巻5、p.454)

>「いやいや、みなの衆、それはいかぬぢゃ。これほど手ひどい事なれば、必ず仇を返したいはもちろんの事ながら、それでは血で血を洗ふのぢゃ。こなたの胸が霽(は)れるときは、かなたの心は燃えるのぢゃ。遂には共に修羅に入り闘諍(とうそう)しばらくもひまはないぢゃ。必ずともにさやうのたくらみはならぬぞや。」(同前、p.455)

恨みを晴らすことによって、それが相手方の恨みを買い、そのようにして果てのない闘諍に中に入り、抜け出すことができなくなる、だから復讐をしてはならない、というのがこれを語る梟の(僧正か大僧正かの)お坊さんの教えである。
この後では、その教えをさらに教説にした語りがなされている。

>「…〔前略〕…悪業を以ての故に、更に諸(もろもろ)の悪業を作ると、これは誠に短いながら、強いお語(ことば)ぢゃ。先刻人間に恨みを返すとの議があった節、申した如くぢゃ、一の悪業によって一の悪果を見る。その悪果故に、また新(あらた)なる悪業を作る。斯(かく)の如く展転して、遂にやむときないぢゃ。車輪のめぐれどめぐれども終らざるが如くぢゃ。これを輪廻といひ、流転といふ。悪より悪へとめぐることぢゃ。継起して遂に竟(をは)ることなしと云ふがそれぢゃ。いつまでたっても終りにならぬ、どこどこまでも悪因悪果、悪果によって新に悪因をつくる。な。斯(か)うぢゃ、浮(うか)む瀬とてもあるまいぢゃ。」(同前、p.458)

 これも同様に「梟の坊さん」の説教・講釈の語りである。「恨みの心は修羅となる」という思考は、先に「病血熱すと雖も」(ノート4)でみた「斯の如きの悪念を仮にも再びなすこと勿れ」という思考と同じである。しかしその解決の方向には違いがあるように見える。『二十六夜』で「梟の坊さん」が死にゆこうとしている穂吉に最後に語りかける言葉は次のものである。

>「穂吉どの、さぞ痛からう苦しからう、経の文(もん)とて仲々耳には入るまいなれど、そのいたみ悩みの心の中に、いよいよ深く疾翔大力さまのお慈悲を刻みつけるぢゃぞ、いゝかや、まことにそれこそ菩提のたねぢゃ。」(同前、p.456)

穂吉に勧められるのは、「施身大菩薩」とも「捨身大菩薩」とも呼ばれる「疾翔大力」の慈悲を心の中に刻みつけることである。これは浄土を念じる「観無量寿経」の思想とも異なるが、自力によって自らの心身を洗い清める「わが六根を洗ひ」(ノート5)の思想とも異なる。
 ともあれ、最後のシーンで「捨身菩薩」が現れ、穂吉を摂取したと見えた後に直ちに姿を消し、「俄に何とも云へないいゝかをりがそこらいちめんに」していた、と、非視覚的な残像を残す描き方をしていることを記憶しておきたい。



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