《いかにも確かに継起するもの》  (哲学コラム4)

瀬谷こけし

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 岩手県、小岩井農場の上丸牛舎構内に、宮沢賢治の「小岩井農場 パート1」から取った詩の四行が刻まれた詩碑が建っている。その詩は次のものだ。

> すみやかなすみやかな万法(ばんぽふ)流転(るてん)のなかに
> 小岩井のきれいな野はらや牧場の標本が
> いかにも確かに継起(けいき)するといふことが
> どんなに新鮮な奇蹟だろう

 この詩碑は「環境文化論・花巻」の授業で毎年訪れているので、参加してくれた方々にはきっと強くこころに残っているだろう。詩は、大きな種牛のように寝そべる岩手山から噴出した安山岩に、大理石のプレートを貼って刻まれている。この四行には、賢治が小岩井農場をとのようなものと理解したかがはっきりと示されている。それは「いかにも確かに継起する」ものなのだ。一切の存在(=万法)が流転するこの自然の世界の中に、しかし「確かに継起するもの」があって、それはとても新鮮な奇蹟だ、というのである。毎年この農場を案内して下さる岡澤敏男先生は、著書『賢治歩行詩考』の中で、一過性の自然の変化に対して「荒蕪地の開拓からスタートした農場の変化は、造林や暗渠排水工事や石灰細粒を大量に散布しながら、不毛といわれた火山灰土の耕地を「きれいな野はら(耕地)」に変え、ヨーロッパから優秀家畜を輸入して系統繁殖を行いみごとな「牧場の標本」を出現させたものと考察したのです」と説く。岡澤先生は、賢治が小岩井農場に見た「奇蹟」は、人間の然るべき正しい行いと見えていただろうことを明確に教えてくれる。小岩井農場は、賢治より五歳年長の、正しい道をゆく兄のような存在だったのだ。
 わたしはここでヘルダーリンの「とどまるものはしかし、詩人たちが建立するのである」(Was bleibet aber, stiften die Dichter)という詩句を思い出す(『地域学』参照)。賢治の「いかにも確かに継起する」ものをわれわれは「とどまるもの」と呼んでよいだろう。とすると賢治の見た新鮮な奇蹟を建立した詩人としてわれわれは、この農場の経営者、運営者たち、とりわけこの農場を立て直した農場長、岩崎久弥や戸田努の名を上げなければならないだろう。とどまるものを打ち建てる詩や芸術としてわれわれは経営、運営にも眼と心を配らなければならない。



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