《イタリアの田植え》

瀬谷こけし
後ろの白雪の山々がモンテ・ローザ
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 北イタリアのオルタは、たった一泊しかしていないのに、忘れられない場所になった。それは、そこのモンテ・サクロがニーチェの聖地だったこともあるが、それ以上にこれ以上ないほど美しい場所だったこともある。
 そのオルタ・ミアッジーノ駅で2時間余りの時間ができて、その駅近くの家々にはペイントがあるから見てきたらどうだと、駅の食堂の働き者のおねえさんに言われて、見て回ったことは前にも言った。駅は、線路が少し高いところを走っているので、この駅近くの集落からは、モンテ・ローザが見える。そして、家々の壁の思い思いのペイントを見て回っていると、教会近くの家の壁に、どう見ても田植え風景と見える絵があった。人物の顔だけ変えれば、そのまま昔の日本の田植え風景だ。はじめは日本のそれを想像で描いたのかと思ったが、多分そうではない。思い出したのは中学か高校の地理の時間に、北イタリアのロンバルジア地方でも米がとれる、という話だった。そうなのだ。これはきっとその田植え風景を描いたものなのだ。
 だが考えてみると、田植えをしているということは苗代で種から育てて、その苗を後で田植えしているということだ。そんなところまで日本と共通しているのだ。日本人が思っているよりイタリアでは米が食べられている。ローマの宿で二回夕食に呼ばれたが、その二回とも主食は米だった。フィリピン出身の女性も多い宿だったから、というところもあるかもしれないが、そこではイタリア出身のご亭主からして、普通に夕食には米を主食にして食べていた。
 絵は1999年の銘が入っている。馬を使ってする田植えは、その当時でも珍しくなっていたに違いないと思うが、今、北イタリアの米作りはどうなっているのだろう。ちょっと気になる問題だ。



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