《ニーチェはタウテンブルクをどう紹介しているか? ――ニーチェ研究資料1882年(4)》

瀬谷こけし

タウテンブルクの美しい森
画像
Inmitten schönen Wälder liegt Tautenburg.


 1882年6月26日づけのルー・ザロメ宛ての手紙の中でニーチェは「その前日に手に入れた」というタウテンブルクの家について説明する流れの中で、タウテンブルクの村について説明している。そこのところをまず紹介しておこう。

Friedrich Nietzsche an Lou von Salomé in Stibbe
Meine liebe Freundin,
eine halbe Stunde abseits von der Dornburg, auf der alte Goethe seine Einsamkeit genoß, liegt inmitten schönen Wälder Tautenburg. Da hat mir meine gute Schwester ein idyllisches Nestchen eingerichtet, das mich nun diesen Sommer bergen soll. Gestern habe ich es in Besitzt genommen; morgen reist meine Schwester ab, und ich werde allein sein.

 わたしが興味を持つのはニーチェがルー・ザロメにタウテンブルクを説明するのに1.晩年のゲーテが二ヶ月ほど滞在した「ドルンブルクから」説明を始めていることであり、そして2.そのドルンブルクから「30分ほど離れたところ」(eine halbe Stunde abseits von der Dornburg)として説明しているところである。そしてもう一つ付け加えれば、そのドルンブルクを「老ゲーテが孤独を享受した」(auf der alte Goethe seine Einsamkeit genoß )場所として説明しているところである。特に説明するほどのことでもないのだが、ニーチェは、ルー・ザロメはタウテンブルクを知らず、おそらくドルンブルクも知らず、老ゲーテのドルンブルク滞在のことも知らないであろうという予想のもとにこの文章を書いたものと予想される。そして、にもかかわらず、そのチュウリンゲン地方の小村タウテンブルクをルーにぜひとも説明して、夏期の滞在地にしてもよいと思ってもらいたいという気持ちもあったことだろう。それがゲーテやドルンブルクから始めてタウテンブルクに筆を伸ばすこの書き方になっているのであろう。

 1.については、タウテンブルクを説明するのにドルンブルクから説明を始めるのは理に適っているだろう。というのも、タウテンブルクには現在も鉄道駅がないが、ドルンブルクにはあり、(未確認だが)この事情はニーチェがこの手紙を書いた1882年でも同様だと思われるからで、鉄道駅名を出発点にすれば、小村タウテンブルクの説明もしやすかったものと思われる。

 わたしが少し疑問に感じるのは、2.ニーチェがタウテンブルクをドルンブルクから30分離れたところにあると語っているところである。というのも、(タウテンブルクに最も近い)ドルンブルクの麓の村ドルンドルフの小学校から、森の中の直路を通ってもタウテンブルクまで3,5kmはあり、歩けば50分程度の道のりであり、よほど速足で歩かなければ30分では着かないからである。ニーチェはいったいどんな交通手段を考えていたのだろう?  ニーチェはそれを説明していない。ニーチェはおそらく馬車を想定しているのだろう。今舗装道路が通っている迂回路を馬車で行けば、おそらくニーチェが言うような30分ぐらいの行程になるだろう。今日自動車で行けばドルンブルクの駅からタウテンブルクの中心部まで10分から15分の行程である。ニーチェはおそらく馬車での移動を考えていたのだろう。

 そして3.の「孤独を享受するゲーテ」だが、エッカーマンの『ゲーテとの対話』の1828年のところを見てもらえばわかることだが、ゲーテのドルンブルク滞在が「孤独を享受するため」の行動とみるのはやや特異な見方だと思われる。大公カール・アウグストが亡くなったことをゲーテが知るのはその年の6月15日のことであり、それから間もなくしてゲーテはドルンブルクに行く。その理由を「日毎の物悲しい印象から遠ざかり、新しい環境の中で元気に仕事をして、自分を取り戻すため」(Goethe ging bald nach Dornburg, um sich den täglichen betrübenden Eindrücken zu entziehen und sich in einer neuen Umgebung durch eine frische Tätigkeit wiederherzustellen)とエッカーマンは記す(古典教養文庫版訳、一部改)。エッカーマンの書き方もあっさりし過ぎの印象はあるが、ニーチェのようにドルンブルクに行って「孤独を享受した」とするのもずれていると思う。ゲーテが滞在したドルンブルクの城館はカール・アウグストのものであり、「孤独を享受するため」というよりは、孤独の場に自分を置いて、カール・アウグストとの関係を本質的に考え直すことがゲーテのしたかったことのように見える。はたしてゲーテはそこで二篇の詩を書く。一つは「昇りゆく満月に」という詩であり、もう一つは「ドルンブルク、1828年9月」という詩である。前者の詩についてはすでに紹介した。
http://25237720.at.webry.info/201609/article_11.html
後者の詩は、『ツアラトゥストラ』の序説の太陽のイメージと大いに関係するものだと考えているが、それについても近々読解し、紹介するつもりである。

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はじめに紹介したルー・ザロメ宛のニーチェの手紙の該当箇所の眞田収一郎の訳を紹介しておく。

> 愛する女友(とも)よ、老ゲーテが孤独を楽しんだドルンブルクから30分ほど離れたところ、美しい森の中にタウテンブルクがあります。そこに私の妹が牧歌的な巣を私のためにと造ってくれました。この夏のあいだその巣が私を隠してくれることになります。昨日、私はその巣を手に入れました。明日、妹は出発し、私はたったひとりきりになるでしょう。

 タウテンブルクでニーチェが約二ヶ月過ごした家は改修されているものの今も「ニーチェハウス」として存続している。

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