《「まなざす」…》

瀬谷こけし


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乗鞍岳を望む


 「まなざす」という言葉が最近は使われるようになっているようだ。フランス語の「ルガルデ」という言葉を密輸入してきたものとおもわれるが。わたしはこんな言葉を聞くと正直むしずが走る。日本語がレイプされているように感じる。そう感じない人が多くいるのだろうか? 日本語をレイプしているという感覚を持たないのだろうか? それが日本語をレイプすることだと感じない人がいるようになってしまったのだろうか? まったく情けないことだ。そういう日本人が増えてしまったならば、そんな世間ができてしまったなら、せめて自分はそういう世間とは無縁のところで生きてゆきたい。

 そういえば、比較的最近の話だが、宮沢賢治学会でも、「…をまなざす」という表現を使っている論文か評論かそのたぐいの文書を目にしたことがあって、これは日本語としてとてもたまらない、と言ったところ、「最近は普通に使われている言葉だぞ」と逆に言われたことがある。こういう言葉が通用するようになったら、日本語ももうおしまいだと思うのだが、宮沢賢治を核にした学会がこういう言葉に疑問を抱かないようになっているとしたら、まことに嘆かわしいことだ。
 そういう場所は立ち去るべしとニーチェなら言うことだろう。


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