《マーロン・ブランドのこのリズム音は?》

瀬谷こけし


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 一昨夜はベルトルッチ監督の『ラストタンゴ・イン・パリ』を観ていたが、即興性へのベルトルッチの迫り方は思いがけないおもしろさ、深さを生み出していると思う。私にとっては学生時代の映画だが。クロソウスキーの神の死の無神論の思想(サド論「Le Philosophe Scélérat」)がこんなところにも影響を与えていることが十分に確認できた。それはそれとして、私が「あれっ?」と思った一番の場面は、マーロンがホテルの管理人室に入って、壁にもたれて、後ろの壁を指でたたくあのリズムだ(チャプター10)。---これはシュトックハウゼンの作品「セイロン」(『来るべき時代のために』)のリズムではないだろうか? もろんセイロンそのものではないが。---こんな風に言っても、この読者の中にシュトックハウゼンの「セイロン」を聴いたことのある人はごく少数だろう。だが当時のヨーロッパの文化事情で見れば、マーロンがそれを聴いたことがあって、そのリズムが体に入っていたことは十分にあるのではないだろうか? だが問題はある。この映画は1972年制作なのだが、「セイロン」の最初のレコード発表(クリサリス・レーベル)は1976年なのだ(わたしたちのグループはこの発表前のレコードを都ホテルで彼からもらったのだが)。
 そしてwikipediaを見てみると「Ceylon was first performed by the Stockhausen Group at the Metz Festival on 22 November 1973」と初演日が出てくる。1973年11月22日初演というこの情報が間違いないとすれば、マーロンがその演奏を聴いてから『ラストタゴ』を撮ったということはないはずだ。
 ところで、シュトックハウゼンがセイロンに旅をしてこの作曲の元になる音楽を聴いたのは1970年7月の二週間のことだ。この「セイロン」の曲は彼の直観音楽にはめずらしく、正確なリズム譜がある。そのリズム譜は、この旅行中あるいはそれからあまり間をおかずに書いたのではないだろうか? そしてそのリズムを何かの演奏の中で使ったことはないのだろうか? そしてそれをマーロン・ブランドは耳にして覚えたしまったということは? このころのシュトックハウゼンは、直観音楽の演奏のためにパリのグループ(ディアゴ・マッソン主催)と密接に接触していた。---こう見ると、マーロンがパリでシュトックハウゼンのグループの「セイロン」の披露を耳にしたことがあってもおかしくないのではないだろうか?
 わたしはこのころのマーロン・ブランドの行動や交友圏をよく知らない。これ以上はそちらを詰めなければわからないだろう。そういえばシュトックハウゼンはJ・L・ゴダールの『中国女』(1967年)にも音楽を提供していた。フランス映画界とシュトックハウゼンは相当に近い距離にあり、共有するものも少なくなかったと思う。とりあえず今はここまでとする。



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