《スコット・ロスのレッスン》

瀬谷こけし

 先にも紹介したスコット・ロスのレッスン動画。その36分35秒から37分30秒までところでロスの口をついて出たグレン・グールドのアルマンド(パルティータ第1番)の批判の件。

https://youtu.be/2OPBKP7c9Kg


 ここでロスは何がいいたいのだろうか? あそこで言う言葉の中に出てくるのは「バッハ」の名だけなので、彼の言っていることを聴いていると、「グールドの演奏はバッハではない」と言っているように聞こえるのだ。だがほんとうはロス自身何が言いたいのかわかってないまま語ってしまったのではないか? きのうからそこのところのことを何度も考えていた。そして今思っているのは、ロスが本当に言いたかったのは「グールドの、とりわけあのアルマンドの演奏はバロックではない」ということではなかったかということだ。というのも、舞曲の演奏ではない、と言う意味ではロスのアルマンドの演奏も舞曲としては弾いていないと言うべきだ。とすると何なのか? (ロスのパルティータもユーチューブで聴ける。音の響きはCDよりだいぶ落ちる)

 ロスには、演奏(解釈と研究)から導かれたきちんとしたバロック像があるようだ。グールドの演奏を否定するのもおそらくはそのバロック像に基づいてのことだ。---そのバロック像はどのようなものか? ロスの音響の作り方なだがそれは、豊富な残響の中に新しい弾音を次々に入れて生じるトーンクラスター(音の雲)のようの音響を常に緻密・敏感・繊細・荘厳にコントロールすることではないかと思う。それこそ文化様式のバロックそのものではないだろうか? イタリア協奏曲の第三楽章はロスの演奏の性格がとてもよく表れているものだと思う。ヴィジョンとリアルの混在の芸術様式とバロックを規定すれば、ロスのバッハはそれの典型となるものでないだろうか。

 ロスのスカルラッティも驚嘆すべきものだ。トーンクラスターのコントロールはバッハ演奏と共通するが、ロスのスカルラッティには「時の関節を外す」ような忌々しさを予感させる反復がある。これはバッハには存在しないものだ。昨日ロスのスカルラッティ全曲のCD34枚がアマゾンから届いて、今日はその4枚を聴いていたのだが。去年の4月23日にロスのスカルラッティを初めて聴いて以来ロスのそれにすっかり魅せられている。(「時の関節が外れた」( The time is out of joint.)という言い方は『ハムレット』)




バッハ:チェンバロ名演集
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2015-04-08
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