《長楽寺清兵衛》

瀬谷こけし

 もともと江戸時代のことについての知識の極めて乏しい私だが、とりわけ任侠の世界についての知識が乏しい。関心を持ちながらやりさしにしている仕事の一つが、「渡り抗夫」の問題だ。抗夫には渡り抗夫と地抗夫の違いがあって、それは師弟関係の系譜によって歴然と異なっているということを、ある渡りの抗夫から聞いて、廓然と一つの分野が目の前に開かれる気がしたが、機会がなくその仕事を続けるとこなく来た。つまり、渡り抗夫を師匠として仕事を覚えた抗夫が渡り抗夫で、それは実際に定住して仕事をしているかどうかにかかわりない。しかし、どこかの鉱山に行って仕事をしようと思うなら、自分がどこどこの誰を師匠としている何々だと語って仁義を切れば、日本中どこでも仕事をもらえる、ということを聞いた。この渡りの世界、渡り渡世の世界は、基本任侠の世界と同じ構造を持っていると思う。そして地方地方、鉱山鉱山に、その渡り抗夫の親分のような人がいる。藤枝の長楽寺清兵衛は、渡世人の親分のひとりだと思うが、いったいどんな産業にかかわっていたのだろう。製茶業がその産業分野のひとつだと思うが、他にも関わっている分野がいくつもあることだろう。抗夫の世界で言えばこの師匠の名が自分の最高の信用保証になる世界だ。幸い造形大のわたしの学生の一人が、この長楽寺清兵衛の子孫のひとりなのだという。これはこの分野の研究をはじめるいいきっかけなのかもしれない。芸の世界も、日本社会では、例えば西洋音楽家でさえ、「誰々に師事」ということが紹介文の中でも特記される。---そしてその系列の外で生きることは極めて難しい。ひとつこの世界に切り込んでいってみるか?---つまり、グレン・グールドは誰からピアノ演奏を習ったなどということを全く必要とせず音楽家になった。天才とはそういうものだ。師弟の系列の束縛を破壊する。これは例えば作曲家ピエール・ブレーズが、オリビエ・メシアンの弟子であるという師弟関係から離れることができなかったことと好対照をなしている。学問の世界でもこういう拘束は少なくないだろう。---ここには自由な強い者への憎悪がある。師弟関係の拘束から自由な強者への憎悪。憎悪は、強者をその力を表現する手段から切り離すことによって、強者に勝利しようとする、とニーチェは分析していた。この分野の仕事を進めてゆこう。ニーチェが『善悪の彼岸』ではじめた戦いのように。



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