《Was ich sah in Tautenburg 16.08.2016》

瀬谷こけし

  2016年8月16日、宿「Zur Tautenburg」のご主人と約束したのはドルンブルク駅午後三時だったと思う。だがその日はナウムブルクを朝早めに発ってしまったので、ドルンブルクには大いに早く着いてしまった。駅前にレストランやら喫茶店があると思っていたが、そんなものは何もなかった。駅にももちろん人はいない。スーツケースを引きずりながら駅の近所を探し歩いていたが、もともと店などないところで、空いているところは編み篭を商っている店一軒だけだった。そこに入っていくらか年長に見えるおじさんと話していた。切り立った崖の上にあるドルンブルクに行って見るとよいと薦めてくれた。ゲーテも来たことのある城館もある、とのことだった。ニーチェもそのことはルー・ザロメを呼ぶ時に話していて、それは知っていた。その城館のある崖の上の、丘陵地の上の、場所に行って見ることにした。スーツケースはこの篭屋さんが預かってくれると言ってくれた。それから坂道を登って、そのドルンブルクという山城の集落に着いたのだが、そのドルンブルクで見たものについてはまだあまり語っていない。そしてその城館の持主であったカール・アウグスト大公(ザクセン・ワイマール・アイゼナハ大公)のことについてはほとんど何も知らなかった。ゲーテをワイマールに呼んだのがそのカール・アウグストの母親だったということも知らなかった。そしてカール・アウグルトが手の付けられない遊び人だったことも。そこのロココ風の城館はことのほか美しい場所だったのだが。そして年に一回、あやしげな集会があるようだ、ということはポスターが張ってあって知ったが、その集会の中身はわからない。--想像がつかないわけではないが。いわばバッカスの祭りのようなものらしい。--写真一枚を見せれば、それだけでその本質が予見されるような気がするが、その写真はまだ誰にも見せたことがない。
 ともあれ(アンズ茸の炒め物の)昼食を取り、二棟の城館の見学をして、写真を撮って、ドルンブルクを後にした。
 帰り道、同じ坂道を下って下りると、下の方でおばさんが、この町の人じゃないのよねとか話しかけてきた。--意味はすぐ分かった。町の人なら、少し先の所から車で上ってゆく道があるので、このほそい山道はよそ者しか歩かないようなのだ。そのことを確認したというだけのことだった。
 篭屋さんはスーツケースを親切に預かってくれていた。土産用に用意していた虎屋のポケット型の詰め合わせの羊羹をそのおじさんに差し上げた。この旅行で最初にお渡しした人になった。
 駅についてしばらく待つと、非常に恰幅の好い宿のご主人が車で迎えに来てくれた。ナウムブルクからの列車の到着する時間より少し前だったので、それをあやしまれていたが、早く出て、ドルンブルクを見学していたのだと話すと納得してくれた。わたしのタウテンブルクの日々はこのあとから始まる。



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