《修学院村》

瀬谷こけし

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 27日のこと。ある駐車場をみつけて原付を止め、三脚を立てて写真を撮っていると、道から話しかけてくれる人がいた。尋ねられてわたしは比叡山ではなく東山の写真を撮っていることを言ったが、この東山も昔は赤松が揃って美しい山だったのだと教えてくれた。そしてこのあたりは修学院村といって、むかしある画家がこの辺をよく描いていたのだと教えてくれた。画家の名前がよく聞き取れなかったが。名のある画家だったかもしれない。修学院村のこのあたりをよく描いていたと言っていた。速水御舟も東山を前に、後ろに比叡山を置いて修学院村を描いている。


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御舟の《修学院村》。参考までに(色調、カラーバランス、サイズ等独自編集)。
 御舟のこの作品は1920年の制作だったはずだから今からほぼ100年前。東山を中央の背景にもってくるところさすが御舟と言っておこう。まさにこの東山こそが修学院離宮が背にしている山なのだ。そもそも「東山36峰」と言われるものも、この離宮の裏山の「東山」を範にして名付けたものではないか。後水尾天皇の感覚の素晴らしさがうかがわれる。


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