《出町の柳》

瀬谷こけし

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 昨日は友人が最近出したハイデガー研究の本の出版祝の気持ちで出町のあたりで一緒に飲んでいたが、ちょっとした聖夜のような気持のよい夜だった。出町柳で別れたが、わたしはそれからずっと自転車を引いて川端通を歩く。その歩きながら見える景色、光景が、ジェノヴァの夜ととても似ている気がした。もう10時を回っているだろうに行き来の人が少なくはなく、そしてそれぞれが自分の雰囲気を持っていた。カナートの少し南の道端の暗がりのベンチに、サンタクロースのような風貌の小父さんが座っていて、ちょっとその気になって声をかけた。そして少時話をした。彼は自分はそう大した人間じゃないと言っていたが、あの相貌であの場所に坐っているだけで何か大したことなのだ。こういう夜の口の時間が、少なからずあやしく、物事が解き放たれて自由になってゆく時間、そんな時間が京都にもまだ残っているのだ。その小父さんとは、握手をしてもらって、それから「お達者で」「おたくも気を付けて」と言葉をかけあって別れたが。ものごとが解き放たれた時間でなければ(商売用でない)本物のミスターサンタクロースに話しかけたりはできない。ただの酔歌、酔狂のたぐいかもしれないが、そういう時間が開かれること自体が神聖なことではないだろうか。いまや「たそがれ時が」十時半とか十一時とかになったようだ。川端通は歩くのがよい。
 家に戻ると、眼鏡と帽子をどこかに忘れてきたことに気づく。それで昨日の出町の酒肆に行ったが店は開いていない。あたりを見ると出町の柳が新しい芽を出していた。桜より柳の方が早い。これが京の季節感だ。


追記:
後刻にまた探しに行ったが、帽子はロッテリアに、眼鏡は酒肆にあって、それぞれすぐに手許に戻った。二軒の店でそれぞれ一つずつ忘れ物をしてくるとは念の入ったことだ。

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