《澤瀉久孝『万葉集注釈巻第七』が手に入った》

瀬谷こけし
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 ほんとなら図書館に行って必要なところをコピーして来ればよいのだが、『万葉集巻七』は好きな歌が多くて、鑑賞するにも近くにあって困ることもないと古書で買うことにして、今日やっと届いたのだった。それで早速1122番の歌を調べたが、「山のまに」と訓んで、

>【訓釈】山のまに---「山のま」は山の際、山の間(1・17)

と記すばかりだ。
 それで仕方なしに巻一・17番を繙いてみる。巻一の『注釈』は前から持っていたのだ。澤瀉の訓では、17番の歌は:

>味酒(ウマサケ)三輪乃山(ミワノヤマ)青丹吉(アヲニヨシ)奈良能山乃(ナラノヤマノ)山際(ヤマノマニ)伊隠萬代(イカクルマデ) …〔後略〕

と訓まれている。「山際」を「やまのま」と訓んでいるのだ。この歌は一般に額田王が近江の国に下る時に読んだ歌としてよく知られた歌だ。澤瀉はこの歌を基準にして「山際」の訓みを定めようとしたようだ。
 このような澤瀉の訓みに対して、「山際」のところを除けばわたしにも何の異論もない。だが「山際」の訓みに関しては承服することができない。それは、おのれの訓みを説明して、彼が次のように訓釈しているからだ。できるだけそのままに紹介しよう。

>【訓釈】... 山のまにい隠るまで---原文「山際」を古訓にヤマノハニともあるが、「山のは」(3・393)は別である。「山のま」は原文の文字のやうに、山の際、山の傍ら、又は山の間である。〔中略〕三輪山が奈良山の山間に隠れるまでの意。奈良山を越えれば三輪山は見えなくなるので、せめてそれまではといふのである。

393番の歌は「山之末」をどう訓むかという問題で、これはこれで「山のは」と訓むのがよいというのが先述したようにわたしの説だ。つまり「~の端(は)」「~の端っこ」という解釈するのが正しいとわたしは考えている。
 それで、上掲の澤瀉の「山の間」説は、「山の際、山の傍ら、又は山の間である」とまるで取って付けたように「山の間」説を滑り込ませているのである。これは「山の間」説を支える傍証はなにもないということだろう。してみれば「山際」を「山の間」と訓読するのは奈良山との位置関係を考えて生み出した澤瀉独自の考えなのだろう。17番について精選本で契沖は「山ノマは山ノ閒也」と記しているがその意味はやや取りにくい。が、「山のま」と訓むのは「閒」の字の訓みで「山際」の訓みとは違う、と言いたいのであろう。ちなみに「間」は「閒」の俗字で「閒」の「月」は月光の意味ではなく「肉」の意味だと白川静は解きこの説は正しいと思う。契沖が「閒」の字にどのような考えを持っていたのかわたしは通じていないが、門の上に肉を置くという呪法をおそらく知らなかったであろう。
 ともあれ、「山際」を「山のま」と訓読する説は17番の三輪山歌でも根拠があるとは思えない。むしろ「山際」が、先述した「窓際」と同じように、山とは違う物の山と近接したところの意味だと考えれば、「奈良山の山際に」とは奈良山とは別のもの(=三輪山)が奈良山の稜線に接したところにあり(それが奈良山の後ろに隠れる)という関係を適切に表す表現であることになるであろう。『字統』の「際」の解を読むとさらにこの「際」の「際会」の深い意味を読み取ることができるだろう。今はただ、「山際に」は「やまぎは(わ)に」と訓んで置くべきではないかという説を改めて述べおくことにとどめる。




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