《秋の日の高山》

瀬谷こけし
01DSC03483bmi.JPG
02DSC03484bmi.JPG
03DSC03522ami.JPG
04DSC03485ami.JPG
05DSC03487ami.JPG
06DSC03488aami.JPG
07DSC03492ami.JPG
08DSC03504ami.JPG



 今日は午前中はよく晴れていたが午後からは雲が出た。朝のうちに朝市にでかけ昨日と同じ店で同じ小ナスをかった。ずいぶんとおまけをつけてくれる。その足で市内を少し歩く。鍛冶橋の手長足長を18mmの超広角レンズで撮ってみたかったから。撮ったものは狙い通りに撮れたが、足長の方を顔の位置から見下ろすように撮ってみたくなった。これには梯子が要るし交通を一時遮断する必要があるので、交通課の許可が要ることになるのでしばらくは心に秘めておく。

 夕方、小ナス漬けは美味しくなっていたが一つ二つ食べるだけにした。新鮮な野菜がたくさんあってそれで肉野菜炒めを作ったから。そして夜コンビニにパンを買いに行った帰りに面白い店を見つけた。ガラス戸のカーテンを人待ち顔に少し開けて、店じまい間近なところ。中を見ると繊維製品をいろいろと売っている店。傘まで売っている。気になったシャツがあって入ったが、中にはトマトも安く売っている。聞くと江名子のひとにおいてくれと頼まれて置いているとのこと。こういう商売の仕方に--まさにこういうところに、商業の原点をみる思いだった。高山にいればまだそういう日本の生活の原点に触れ、気づかされることがある。
 〈秋の日〉はリルケの有名な詩のひとつ(『時禱集』所収)。秋は収穫の季節であると同時に滅びの季節。あるいは滅びゆく者が稔りゆくものを祝福しながら滅び消えてゆく季節。リルケはその稔りの輪から締め出されたものの詩を歌う。…そして長い手紙を書くでしょう…と。賢治の最期の歌を知る者もあまり賢治にこだわり過ぎない方がよい。思考の偏狭化は避けなければならない。その余力があるなら。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント