《私が今も郡山女子大の教員だったとしたら…》

瀬谷こけし
私が今も郡山女子大の教員だったとしたら、いったい何ができるのだろう。
大学のために何ができるか、ほとんど思い付かない。
きっと何もできないのだろう。
子供たちは、東京かあるいはもっと遠くに、逃がしているだろう。
だが私は大学を捨てることはないだろう。
だが何ができるのか?

>汚れつちまつた悲しみに....

それは、汚されてしまった悲しみのことだ。
汚されてしまって、しかし生きてゆくしかない。
小雪の降りかかる日にも。
そして自分の研究を進める。哲学を、そして地域の精神の学を。
まさに郡山で。
少しちぢこまりながら。

福島を、そして郡山を愛する学生たち。
彼女たちが福島を愛しながら、希望をもって生き続けられるように。
阿武隈を、逢瀬川を、安積山を、開成山を愛しつづけられるように。
愛するものが汚されてしまった。
きよらかなものが汚されてしまった。

たとい郡山を離れても、愛しつづけられるように。



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