テーマ:仏教

《ドイツ語の授業 ヘルマン・ヘッセ 三回目》

今日は同志社のドイツ語の授業、今年度三回目。「応用」の方の授業は、早速二回目の読解になった。テキストとして読んでいるヘルマン・ヘッセの「樹々」というエッセーに次のような言葉があった。 >Wer mit ihnen(=Bäumen) zu sprechen, wer ihnen zuzuhören wei…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

宮沢賢治と常在不滅の我

「如来寿量品」において、我(われ)は秘密を語る。 今からする語りを信ぜよ(如来の誠諦の語を信解すべきし)と語り、 そこに集まった者たちに、それを説いて下さい、われらはそれを信じます(唯願はくば之を説きたまへ。我等當に、佛の語を信受したてまつるべし)と請われて、 その秘密は語られる。 その秘密をひとことで言えば、 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

禅の思想は

私の理解では禅は神性や仏性や霊性などというものについてきわめてきびしいのです。 そんなものあるわけがないという思想を徹底させているのです。『臨済録』のきびしい言葉はそうした饒舌をまったく寄せつけないものです。 そのような禅の思想が、わが国の思想と言葉をどれだけ清潔・潔癖なものにしたか。素晴らしいものです。 わたしはそう思います…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

雪舟の《慧可断臂図》10 要旨再説2 苦・痛は交換財となりうるか?

断臂の苦・痛が、雪舟の慧可断臂図の中で、更には禅仏教の中で、どういう意味をもっているのか? 苦痛が交換財となりうるのか? 雪舟の達磨は何に驚いたのか? 『景徳伝燈録』で達磨は、「小徳小智軽心慢心で」仏法を願っても無駄だぞ、と慧可(神光)にバカにしたように言う。 それで慧可は一気に腕を切るのだが。 雪舟の画では、断臂…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

雪舟の《慧可断臂図》9 「面壁九年」? --- 星川晋也氏の記述をめぐって

『禅林画賛』(毎日新聞社)のなかで、星山晋也氏は、『景徳伝燈録』巻三によれば、として、 「……少林寺に滞在して面壁九年の座禅行に入った。〔中略*〕その後達磨は二祖慧可に法を伝え」 と記している(p.92)。 それに対する私の疑問は次のようなものだ。 疑問1.『伝燈録』に「面壁九年の座禅行に入った」と読める記述があるのか? …
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

雪舟の《慧可断臂図》8 平塚景堂氏の説

>この絵のシーンは単なる求道の厳しさを表すシーンではない。達磨と慧可という二人の人物の「人種」が違うのである。インド人と中国人である。じつは、ここに「慧可断臂図」の隠されたもう一つのテーマを、わたしは見るのである。仏教の本場、インドから中国へと禅仏法が伝わる瞬間こそ、雪舟は描きたかった。 http://www.zenbunka.o…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

『景徳伝燈録』より達磨の偈

吾本來茲土 傳法救迷情 一花開五葉 結果自然成 (『景徳伝燈録』より達磨の偈) 私訓: 吾れは本この土に来たり 法を伝え迷情を救う 一花は五葉を開き 果を結ぶことおのずから然(しか)成る 私注: ・伝法をおえ、仕事の結果を見た達磨の安らかな気持ちが表現されている。 また、 土→花→葉→果と  伝法の…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

雪舟の《慧可断臂図》6 慧可の表情 痛覚と無上妙道 --- 質問に答えて

雪舟の《慧可断臂図》について「京都自由大学院掲示板 美学や美術史もちょっと齧ってみよう」で次のような質問をいただきました。 >この絵には鋭い痛覚はあると思うのですが、苦痛や恐怖はあるのでしょうか。(34) それに対するわたしの答えは次のものです。 >慧可も鋭い眼をしていますね。鼻根の皺に痛覚は表われていると思います…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

雪舟の《慧可断臂図》5 慧可は腕を何で断ち切ったのか? --- 質問に答えて

雪舟の腕の描き方は手首から十二三センチのところを一刀両断に断ち切っています。 これはもしナタのようなもので断ち切ったとすればありうる切り方です。 『伝燈録』は「利刀」と言っているだけです。 小刀ではなくナタだったかもしれません。 僧坊で実用されるものとしてはありうることです。 小刀であればむしろ関節をくじるようにしなければ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

雪舟の《慧可断臂図》3 師資相伝 ---『景徳伝燈録』と雪舟 ---

『景徳伝燈録』に慧可に生じた換骨の話が載っています。あるとき寂黙中に神人を見たのです。 それから「換骨」として頭頂の骨が五峰のようにぼこぼこ突き出たそうです。少林寺の達磨のもとに行く前のことです。 慧可が自分の左臂を切ったのは、昔の人の求道の厳しさに倣ったのだと『伝燈録』は記しています。 その中には例のサッタ太子の捨身飼虎の伝…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

ポエジー 雪舟の《慧可断臂図》

ポエジー 雪舟の《慧可断臂図》 達磨は少し油断していた。慧可に疑われているとは思っていなかった。 慧可はそっと、みずからの切断した腕を見せた。 たじろぐ達磨。 だがほんとうのことが起った。 慧可に本気で疑われて、達磨は瞬時に本領に入っていった。 (釈迦誕生會の日に) 日本感性史叙説創言社 中路 正恒…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more