テーマ:イタリア

《モンテ・ローザ》

 2016年3月10日。もう3年も経ってしまった。モンテ・ローザはノヴァーラ辺りからでも見える山だが、このオルタ湖の南端から山越しに見える姿が鮮烈だった。ニーチェもこの白いモンテ・ローザを見たのだろうか? モンテ・サクロからは見えなかったので、多分ニーチェは見ていない。彼がこのあたりにいた5月初め(1882年)でも姿は…
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《ベッリーニ公園(カターニヤ)の流水紋舗道》

 シチリアのカターニヤにあるベッリーニ公園の舗石が、縦長の石をたくさん並べて流水を象っている。石には砂岩系の石も、エトナ山から飛んできた安山岩系の石も使われているように見える。いわば枯山水庭園の趣向を舗道の舗石に用いているのだ。この素晴らしい着想。最近の無様な日本風石庭とは天と地ほども違っている。  若い芸術家たちにはぜひこう…
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《ジェノヴァの桜》

 去年、オルタの帰りにジェノヴァに寄った時の桜。フェラーリ広場から海の方へ古い町を少し散歩しているときに見つけた花。3月11日。  シラーの『フィエスコの叛乱』を読んでいると、提督アンドレアス・ドリア公爵の甥のジャネッティーノの乱脈ぶりは、まるで今の日本の政権のありさまを見ているようだ…
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《ヴィットーリオ・エマヌエーレ 二世》

ローマの「ヴィットーリオ・エマヌエーレ 二世公園」にて (去年のこの日、3月5日にローマでFBに書いたものを再録します)  いちばん下の娘が今日大学を卒業した。  めでたくて、そして寂しい。  一か月のイタリアを中心にした旅も今日から(もしかしたら昨日から)後半を迎えた。妻子と一緒に回った、目まぐ…
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《今日で今年度の授業が終わった》

 来週の15回目は期末テストにするので実際上の授業は今日で終わった。少しの解放感を味わっている。この解放感はジェノヴァの海の光景とどこか共通する。  ジェノヴァはまだ歩き方がよくわからず、まだ数日ぐらい歩き回ってみたいところだが、そういえばこの海に船が渡る風景は、高校3年の夏、校舎の3階の教室で湘南の海を見なが…
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《新年を迎える前に》

(in Leipzig-Plagwitz)  2016年を回顧しておきたい。この年はわたしにとって近年でもっとも豊かな年だった。それは主に2月3月の四週間にわたるイタリア旅行、そして8月の三週間のドイツ旅行によってもたらされたものだ。このどちらの旅も、1882年のニーチェの生と思想の探究のために欠かすべからざるもの…
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《ドメニコ・スカルラッティ ソナタ K.491》

 ドメニコ・スカルラッティの明確さ、晴朗さ、そして強さ、ソナタ ニ長調 K.491は彼の最良の曲の一つだと思うが、YouTubeで探してもなかなかお勧めできるようなものが見つからない。私はスコット・ロスのチェンバロのもの(WPCS-21069)が最良の演奏だと思っているのだが。音を濁らしても気にしない演奏者が多くて(笑)。さすがにホ…
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《イタリアの田植え》

後ろの白雪の山々がモンテ・ローザ  北イタリアのオルタは、たった一泊しかしていないのに、忘れられない場所になった。それは、そこのモンテ・サクロがニーチェの聖地だったこともあるが、それ以上にこれ以上ないほど美しい場所だったこともある。  そのオルタ・ミアッジーノ駅で2時間余りの時間ができて、その駅近くの家々…
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《メッシーナ・オレンジ あるいは カターニアの宮沢賢治》

 1882年4月20日づけの手紙の中でパウル・レーはニーチェに次のように書いている。  「親愛なるメッシーナ男へ!   いとも美しく、樹液豊かで、よく整地されたメッシーナ・オレンジの畑よ、万歳! そしてそこのオレンジの木々が落とすただひとつの影の面が、実在しますように! そんなことがありうるんだね! 大兄はこの行…
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《世界遺産》

 オルタ湖のあたりのモンテ・サクロ(サクロモンテ)は世界遺産に指定されている。頂上のフランチェスコ教会にその簡易な肩掛けバッグが売ってあったので、購入して、カメラバッグを入れたり、ガイドブックや地図を入れたりして重宝して使っていた。だがこれには他にも効能があった。ベルリンの博物館島を歩いていたとき、街頭で物売りをして…
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 《ジェノヴァ1》

 ニーチェはどうしてジェノヴァから、突然メッシーナに向かったのか? この海の写真を見ていると、その答えがなんとなく見えてくる気がする。シチリアはまっすぐこの先にある、という感覚。試してみたくなる気持ち。  そこにもう一つ、コロンブスから学んだ冒険への意志。  そうしたものではないのか? ====…
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《カルボナーラ》

 ローマ滞在もあとわずかになったので、ローマならではの有名な店に行っておこうと思って、「ホスタリア・ラ・カルボナーラ」というカルボナーラ発祥の店に行った。ガイド本にも出ている店なので、混んでいるだろうと思って午後二時直前に着くように行った。ちょっと高齢というか60代ぐらいの細身の女性が店を取り仕切っているようだった。ここはフランス語…
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《樹の上に止まる鳩たち》

《樹の上に止まる鳩たち》(公園での手記) 2016.3.4 15:39 ローマ  V(ヴィットーリオ・エマヌエーレ二世)公園の樹上の鳩。  ベンチの人が食べ終わったとみると一斉に飛び降りてくる。食べかすや食べ残しをつつきに。 それに二三羽スズメが混じる。  きのうエトネア通り(シチリア、カターニア市の目抜き通り)西…
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《エトナ山五景---ベッリーニ公園から》

《エトナ山五景---ベッリーニ公園から》  カターニアが面白そうな町なのでシラクサに行くのをやめ、3月3日はこの町を観光して、最終便の飛行機でローマにもどることにした。まずはウルシーノ城(市立美術館)、大聖堂とドゥーモ広場、そして、エトネア通りを通ってベッリーニ公園、それから戻ってローマ劇場へ。まずはそのベッリーニ公園(無料)の最…
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《カターニアで》

《カターニアで》  イタリア人のひとあたりの暖かさというのは、ローマでもずいぶんと感じたことだが、ここシチリアのカターニアに来ると、それがもっと深い気がする。(ひとあたりが)やわらかで懇ろで、困っている心の深いところまでなんのけれんみもなく入ってくる。  実を言えば今日は二回道に迷った。はじめは駅からホテルを探していて。これはも…
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