テーマ:短歌

《山中智恵子鎮魂の歌》

 山中智恵子鎮魂の歌 > きみさらにながながし夜を千年の孤独をもちてひとりかもねむ  わたしのFBのプロフィールに掲げていた歌。表題を「山中智恵子への挽歌」としていたのだが、どこかそぐわないところがあるのが気になって「山中智恵子鎮魂の歌」と変えた。  いつまでも忘れないでいたい。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《ヒバリの回り討ち》

 山中智恵子の歌集『黒翁』に雲雀を食べるということが何度か歌われているので、その民俗的な基盤はなにかということをすこし探しているのだが、当面川口孫治郎の『飛騨の鳥』ぐらいしか探すものをもっていない。しかし川口の本にも雲雀食の話は出てこない。だがヒバリに関しても面白い話はいくつか出てくる。ひとつは「コマドリの囀り方を骨…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《遠里小野の》

 上高野あたりは昔は小野と呼んでいたようだ。小野郷の一部という認識か。小野と言えば、小野道風、篁、妹子、毛人など錚々たる人物がつらなるが、東北にも行っていて、福島県には小野町という感じの良い町があった(そこの山に独りで登ったことは前にどこかに書いたか)。登ったあとは近くの温泉に…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《山中智恵子 『黒翁』より》

 山中智恵子の第十三歌集『黒翁』(1994年発行)の「さらばすばるよ」と「星を踏む」より数首ずつ(「>>」は際立った秀歌と思う歌)。 >>さらばわれもブラック・ホールに沈まむか春の夜闇のかぐはしきゆゑ    「さらばすばるよ」 >さらば昴よ 谷村新司歌ひゐるこの宇宙(コスモス)も砕けはてむか >葡萄峠とふ峠…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《秋山の》

 昨日27日、日本歌人関西合同新年歌会があった。若いひとの歌がそれなりに面白くて、それなりに見どころはあったと言うべきだが、わたしとしてはむしろ評者の突っ込みの甘さ、読みの甘さと狭さに、疲れてしまった。きちんとした読みのないところに文学の生命はないと思う。歌の低下の一つの理由は、短歌の共通のトピックがテレビC…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《無明紅葉》

 こんな山の中に庵のような別荘をもって住むのはどうだろう、としばし考えていた。水:川に汲みに行けばいい。暖房:囲炉裏かストーブで何とかなる。食べ物:原付の一台があればなんとかなる。それに近くに小さな畑をつくることもできる。電気:あきらめればいい。太陽光パネルで携帯ぐらいは充電できるようにするか。  この尾根道の東側にそんな気…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《秋山のもみぢあはれと…》

 水汲みの後、花背峠に行った。車で少し入って、いつものところに車を止めて、あたりをゆっくりと散歩していた。ここでは秋も少し過ぎていた。しかし美しい光。 > 鳥も鳴かずものも動かぬ秋山のもみぢあはれと誰に告げなむ …
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

《近江神宮で吟行歌会》

 今日は毎年恒例の日本歌人京都歌会主催の吟行歌会に参加してきた。場所は近江神宮勧学館。毎年奈良歌会からも参加してくれる。近くの部屋でかるたとりの読み上げ講習会が開かれていて、めずらしい音の雰囲気の中での歌会だった。議論もなかなか楽しい歌会だった。  わたしの出詠歌は(前にここでもちょっと示した)次の…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《山中智恵子の手書き原稿を》

 さる方から山中智恵子の手書き原稿をいただいた。山中さんの手書きの字はわたしにはとても読み取りにくいものだったが、これはまだ相当に読みやすい方に思う。しかしそれでも読みを確定させるには幾つか手順を踏まなければならない。調べてみると全集に入れられており、検討してみればそれと違いはないようだ。夏行の詠草のようだ。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《すずむし秋夜 一首》

 すずしくなって。窓を開けておけば声はさえぎられない。 > 部屋内(ぬち)にすず虫の声よびいれて夜は秋となるみやこのいのち  外では多くの虫が鳴いている。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《水陸万傾 2014年8月1日》

  昨日は山百合忌に参会した。一番感銘したのはそこで紹介された今上陛下の水俣での歌: > 患ひの元知れずして病みをりし人らの苦しみいかばかりなりし また別のところでも触れたいが、普通の歌人なら「ならむ」と今現在にひきつけて詠んでしまうであろうところを、「なりし」と、きちんと過去の事実を定着させていると…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《京都大原の高野川は》

京都大原「里の駅」から 元井出橋から 玉体杉  京都大原の高野川の水量は、予想していた通り、それほどの多くなかった。写真2枚目がそれ。撮影は元井出橋から。時刻は15時54分。大原ともなると高野川に流れ込む流域面積はそう広くはない。比良山系の西側の水はおおむね安曇川に流れ込んで北に向かい、それから東に…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《アルキュオーネの清明の天》

わたしの近詠: > 翡翠のアルキュオーネの時節とてニースの町の清明の天(そら)  冬の南仏ニース。ここでニーチェは『ツァラトゥストラ』第三部を書いた。翡翠(アルキュオーネ)が子を孵す冬至のころのこの地の透明な空と光からニーチェがどれほどの恩恵を受けたか、と思う。痛々しいほどに透き通った光。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《悼 須藤廣志禰宜 三首》

須藤禰宜の御霊に献ず 悼 須藤廣志禰宜 三首 >思はずも深き奥にぞきみ在りき津軽に生まれ神主となる >岩木嶺(ね)の深き思ひにきみは立ち御蔵石にもきみ顕ちたまふ >岩木山(やま)と深ききづなにきみ生(あ)れてその生も苦もそこにありたり
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《日本歌人関西合同新年歌会に行った》

 日本歌人関西合同新年歌会に行ってきた。とても疲れた。さっき風呂に入ってやっと疲れが取れたが。  その内容のことはあまり言えない。前川佐重郎さんの評は平易な詠み方をという思想に貫かれ的確で、またユーモアもあって面白かった。また前川斎子さんの螳螂の詠歌はカマキリを平知盛と重ねて大変素晴らしかった。  これだけで…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《日本歌人2018年3月号草稿》

白鳥 (この白鳥はチューリッヒ湖ではなくルツェルン湖のもの)  標記のものを紹介しておきます。(  )の中はルビ扱いのものとお考えください。 >西へ東へ人走る北南「斬首斬首」の言葉とともに >養老や飲みもの選ぶ自販機に山吹色(やまぶき)の水これ美(うま)しとて >ほろぶものみな滅ぼされふる里はうさぎ苦…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《うるま乙女を悼む 三首》

〇 沖縄に雪はふらぬとうるまにも雪はふらねど殺されにけり 〇 さみなしの米軍軍属に殺されてうるま乙女は姦淫の具 〇 同盟のむなしきことを怒るとてうるまの無念地に刻むべし http://bit.ly/2yJOK4x http://bit.ly/2ieU7SA http://disktopaska.…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《拙詠一首:皇子フォーゲルフライ》

メッシーナの港  前にも紹介したことがあるかもしれない。  拙詠一首: > 海峡を白い鴎が群れて飛ぶ皇子(プリンツ)フォーゲルフライのあれが友たち  去年の三月初めにシチリアのメッシーナで見た光景を詠んだものだ。シチリアではニーチェの『プリンツ・フォーゲルフライの歌』にまとめられた数編の詩を読…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《眉山より一首》

 昨日(6月16日)ほぼ二回目の徳島。一回目は徳島大学で関西哲学会があったとき、食事のできるところを探して、先輩二人について町を歩いて、結局いい店が見つからず、ホテルに戻って夕食にしたという話。そのとき眉山が心に沁みついた。  今回は、京都を出るのが遅くなって、四国村には間に合わなくなったので、まずは眉山を目的…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《日本歌人2017年7月号草稿》

ザーレ川、2016年8月15日, at ナウムブルク ○ベルリンにゆく準備にも欠せないジョルジュ・ムスタキ〈異国の人〉 ○世の民にニーチェといふは恐しき人昔アリストテレスは豚を黙らす ○Hirschentraum(ヒルシェントラウム)といふ菓子のあり鹿たちの夢ほぼ食べつくす ○啄木とともに遊び…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《5月の日本歌人京都歌会》

 今日歌会があった。私の出詠歌は、 >きみさらにながながし夜を千年の孤独をもちてひとりかもねむ もちろん本歌の一つは人麻呂だが、この歌自体は次の歌への応答として詠まれている。 >百年の孤独を歩み何が来る ああ迅速の夕焼けの雲 山中智恵子の『風騒思女集』の末尾の歌だ。  詠んだのは八年前、山中…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《日本歌人2017年4月京都歌会》

(構内落葉、2017年4月14日京大構内)  今日(4月15日)日本歌人京都歌会の歌会があった。わたしが出詠したのは、以前(『日本歌人誌』)「2017年7月号草稿」として掲載したもののひとつを一字だけ変えたものだ。 > 時の中へみづから息を引きとりて去りにしものを掴むすべなし 「夢の中へ」を「時の中へ」に…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《日本歌人2017年7月号草稿》

○家々は明かりつましく暮らしたりひとの生くるはさびしきものぞ ○今生の別れとてや差し伸ぶる骨ばかりなる手を握りしことを ○あさましきばかりに細き骨の手を差し伸べる姉のこころの無慚 ○父の見る真夜に身まかりにけり姉千代子齢二十九の灯 ○夢の中へみづから息を引きとりて去りにしものを掴むすべなし…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《『短歌研究』勉強帖 2017年1月号》

---加藤治郎の岡井隆論にまなびつつ---  遅れ馳せだが2017年1月号「『短歌研究』を勉強しよう。巻頭の「12ヶ月の歌」は加藤治郎が「蒼穹は」というタイトルで岡井隆の『人生の視える場所』の中の「一月五日のためのコンポジション」を取り上げている。引用するのは次の三首だ。 >蒼穹(おほぞら)は蜜(みつ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《『短歌研究』勉強帖 2017年4月号》

---喜多弘樹の前登志夫論「樹木みな」にまなびつつ---  少し休んでしまったが「『短歌研究』勉強帖』を再開しよう。2017年4月号から。欠いてしまった号もまた補ってゆくつもりだ。  2017年4月号巻頭の「12ヶ月の歌」は喜多弘樹が前登志夫の歌三首を取り上げて吉野の桜を論じる。引かれる三首の歌は以下…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《さくら咲くゆふべの別れ》

《さくら咲くゆふべの別れ》  ---喜多弘樹の論「樹木みな」にまなびつつ---  『短歌研究』誌2017年4月号巻頭の「12ヶ月の歌」は喜多弘樹が前登志夫の歌三首を取り上げて吉野の桜を論じる。それについて論じてみよう。 引かれる三首の歌は以下だ。 >杉山にとだえもなしにさくら花流るるひと日ひと日を…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《プリンツ・フォーゲルフライ 日本歌人3月京都歌会》

 今日(3月18日)は午後から京都歌会があった。突っ込んだ議論が交わされ、とても有意義な会だった。普段は出詠歌を歌会の後で変更することはないのだが、今回は変更することにした。変更後はこうだ、 >海峡に鴎が数羽群れて飛ぶ皇子(プリンツ)フォーゲルフライのこれが友たち  「プリンツ・フォーゲルフライの…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

《サンタ・マリア・マジョーレ教会の乞食》

 拙詠一首: > 寒波とてサンタ・マリア・マジョーレの宿なき乞食幾たり死にけむローマ  もはや動き働くこともできず、物乞いでかろうじて生きていた、サンタ・マリア・マジョーレ教会近くでたむろしていた高齢の乞食たち。寒波はつらかろう。
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more