テーマ:文学

《秋山の》

 昨日27日、日本歌人関西合同新年歌会があった。若いひとの歌がそれなりに面白くて、それなりに見どころはあったと言うべきだが、わたしとしてはむしろ評者の突っ込みの甘さ、読みの甘さと狭さに、疲れてしまった。きちんとした読みのないところに文学の生命はないと思う。歌の低下の一つの理由は、短歌の共通のトピックがテレビC…
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《「ドイツ語応用」》

吉島家(高山市)の楢の木  今年は「ドイツ語応用」の授業を担当させてもらえてどんな学生が受講してくれるかと期待していたのだが、受講の動機を書いてもらうと、「時間の都合で取りやすい」とか「卒業単位に必要なので」とか書いてくる学生が多く、少し気落ちしていた。ヘルマン・ヘッセの『樹木』というエッセーと詩をまとめたものを教材に…
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《日本歌人2017年7月号草稿》

○家々は明かりつましく暮らしたりひとの生くるはさびしきものぞ ○今生の別れとてや差し伸ぶる骨ばかりなる手を握りしことを ○あさましきばかりに細き骨の手を差し伸べる姉のこころの無慚 ○父の見る真夜に身まかりにけり姉千代子齢二十九の灯 ○夢の中へみづから息を引きとりて去りにしものを掴むすべなし…
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《太宰治の「父」》

 昨夜読んでいたのだが、テーマは「義のための子別れ」。太宰が義とするものは「私の胸の奥の白絹に何やらこまかい文字が一ぱいに書かれている。その文字は、何であるか、私にもはっきり読めない…」と書かれているこのはっきり読みきれない文字だ。この文字にゆえに、子を捨てる。そして太宰はこの「義のための子別れ」に、一人息子を殺そう…
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《いのちを無暗にとること ---芥川龍之介の「蜘蛛の糸」》

 芥川龍之介の「蜘蛛の糸」は彼のもっとも成功した小説の一つである。しかしその作品の理解についてはあまり異論を聞かない。試しにウィキペディアを見てみると、「あらすじ」がこんな風に記されている。 > 釈迦はある時、極楽の蓮池を通して下の地獄を覗き見た。罪人どもが苦しんでいる中にカンダタ(犍陀多)という…
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平澤信一の「銀河鉄道の方へ」

  平澤信一の論文「銀河鉄道の方へ」(『宮沢賢治《遷移》の詩学』2008所収)には大変感心した。それは宮沢賢治の思考において、目に見えないものとしての「あまの川の水」についての想念が、初期の童謡「あまの川」(1921)から、晩年の『銀河鉄道の夜』第4次稿まで、同書第2次稿や詩「薤露青」、そしてあの「二十六夜」までをも貫い…
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『なめとこ山の熊』:最後のシーンの小十郎と熊たち (発表要旨 400字)

今日、ある研究会の研究発表申込をした。その発表要旨を早速公開してしまおう。以下である。 作品『なめとこ山の熊』の、熊たちが雪にひれふする中、その「いちばん高いとこに小十郎の死骸が半分座ったやうになって置かれていた」というシーンを解釈する。この小十郎の形は熊たちのしわざと考えられる。熊たちから崇敬される尊像の形である。な…
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こんな質問があった 宮沢賢治『なめとこ山の熊』

 前回報告した京都市立芸大の「日本文化論」の授業の、感想レポートだ。 http://25237720.at.webry.info/200712/article_17.html  ある学生のレポート。プライバシーに配慮してKAさんとしておく。  「『人間の方が熊より記憶力が優れているというのをお互いに認めている』というのは、少し…
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京都芸大の集中講義 「日本文化論」が終わった

 ここのところ毎年のことになっている。年末のこの時期、京都市立芸大で「日本文化論」の集中講義をしている。今年は少し趣向を変えてメニューを少なくして、学生の考える時間を増やしてみた。今日はその最終日。宮沢賢治の「なめとこ山の熊」について、公開の研究会(検討会)のような形でやってみた。テーマは小十郎が最後に熊どもからひれふして礼拝される…
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