テーマ:宮沢賢治

《京都造形芸術大学の大学院の教科書》

 京都造形芸術大学通信教育部の大学院の教科書として『芸術環境を育てるために』とう本が平成22年3月20日に角川学芸出版から発行されていて、わたしもその一部を書いていた。第1部第2章「作られる場所2---芸術・環境・地域学」というものだ。わたしはそもそも大学院に教科書があるということに納得が行かず、むしろ学部学生に与え…
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《宮沢賢治「銀河鉄道論」 書評の予告》

 『宮沢賢治研究アニュアルVol.28』に渋谷百合絵の「「銀河鉄道の夜」の文学的達成---祭の祈りを〈描く〉ということ」という論文が掲載されていて、17日東京に行く時新幹線の中で読んでいたのだが、とても感心した。祭式の意味についてのこのような解釈は今まで見たことも聞いたこともないものだったからだ。--だが、その後考え…
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《宮沢賢治は成仏したか?》

 これはもっと昔に問うべき問いだったと思うが、「化城喩品」(『法華経』巻7)を基準に考えると賢治は成仏していないと言うべきだと思う。それはそうと、先日行った比叡山のかなり大規模な展望駐車場に「草木国土悉皆成仏」と彫られた石碑があった。しかもそれは天台座主の字を刻んだものと言う。---これにはちょっとがっかりしたが、…
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《森の許し》

狼森、後方の山は岩手山  宮沢賢治には「狼森と笊森、盗森」という作品があって、四人の百姓が「この森に囲まれた小さな野原に」やってきて森に向かって「ここへ畑起こしてもいいかあ」とか、「ここに家建ててもいいかあ」とか尋ねて、それぞれ「いいぞお」という森の答えを聞きとって定住を始めるという話がある。これはこれで、ひとがあ…
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《牛乳--稲造・昌介・賢治》

 新渡戸稲造はボン大学に留学していたとき(1887年)40人ほどの子供たちにミルクを振舞ったことがあるという。草原克豪の『新渡戸稲造』(藤原書店)からそのところを引こう。 > ボンに着いて間もない頃、散歩の途中にミルク園でコーヒーを飲んでいたとき、四〇人ほどの孤児を見ているうちに、その日が母の命日だったことを思い出したので…
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《宮沢賢治賞に推薦した》

 河合雅雄さんを賢治賞(宮沢賢治学会イーハトーブセンター)に推薦した。ただし郵送でもFAXでもなくホームページのフォームから。 その内容は以下だ。 ===== 第27回宮沢賢治賞推薦  候補者: 河合雅雄 かわい まさお  対象となる内容: 『宮沢賢治の心を読む』(I/II/I…
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《「まなざす」…》

乗鞍岳を望む  「まなざす」という言葉が最近は使われるようになっているようだ。フランス語の「ルガルデ」という言葉を密輸入してきたものとおもわれるが。わたしはこんな言葉を聞くと正直むしずが走る。日本語がレイプされているように感じる。そう感じない人が多くいるのだろうか? 日本語をレイプしているという感覚を持たないのだろ…
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《花巻小友園》

 この家、小友園という。今日は閉まっていたが、普段は骨董品を扱う店のようだ。この建物がちょっとバランスがおかしいと教えてくれたのは通信のある学生だった。それまでわたしは一度も気づいたことがなかったのだが。その学生ははじめてその前を通っただけでその異様なさまに気づいたようだ。大したものだ。そんな風にわたしは…
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《『宮沢賢治の心を読む』---賢治童話を自然への親しみと生態学から読み取ることの豊かさ》

  草山万兎著『宮沢賢治の心を読む』(I)(II)(III)(童話屋)  サル学を中心とした生態学の研究とみずからの丹波篠山の山野を歩き回った経験から、宮沢賢治の童話の読解を、基本的な生態学の知識を紹介しつつ試みるとともに(<3>の「鹿踊りのはじまり」「よだかの星」「ビジテリアン大祭」、<2>の「どんぐ…
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《「貝の火」のホモイ大将の誘惑》

 「貝の火」に関しては草山万兎『宮沢賢治の心を読む(III)』の読み方にとどまりたくない。子供に対する寛容の必要性と善い心と悪い心の戦いというような読みのことだ。それはそれで少しも間違いではなく、作品のエッセンスもそこにあると思うのだが、それ以上に中身のない権力感情の問題提起としてわたしにはとても興味深い作品だ。…
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《『なめとこ山の熊』のし残した二年間の仕事》

 どうしても伝えなければならない。宮沢賢治の『なめとこ山の熊』のなかの二年で片付く「し残した仕事」のことである。『宮沢賢治の心を読む(I)』の中で草山万兎は「やり残した仕事」とは何でしょう、と問い、それに次のように答えている。 >たぶんこの熊は雌熊で、お腹の中に赤ちゃんがいたのではないでしょうか。二年あれば…
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《高山祭:これが与鹿だ!》

 春の高山祭を見てきた。屋台の曳き別れまで。それはそれでまた言いたいこともあるのだが、何よりも与鹿(伝与鹿も含めて)を見てきたこと、そして五台山の諏訪の(建川)和四郎の獅子彫刻を見てきたことだ。神楽台だけはまだよく見ていないので、それは明日の仕事にする。  それで、親獅子の彫に関しては、与鹿のものは和四郎のものと…
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《メッシーナ・オレンジ あるいは カターニアの宮沢賢治》

 1882年4月20日づけの手紙の中でパウル・レーはニーチェに次のように書いている。  「親愛なるメッシーナ男へ!   いとも美しく、樹液豊かで、よく整地されたメッシーナ・オレンジの畑よ、万歳! そしてそこのオレンジの木々が落とすただひとつの影の面が、実在しますように! そんなことがありうるんだね! 大兄はこの行…
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《明日私は昔の街に目覚めるだろう…》

 昨日花巻で宮沢賢治学会夏季セミナーがあって、聴講していた。何よりも新鮮だったのは詩人の野村喜和夫さんと話したこと。こんなに話が通じるとは思っていなかった。アルトーについてさえ! 私は35年前から詩を書かなくなっているが、なぜそうなったのかを回顧させた。私にとっては詩を書くことはアルトーになること以外ではなかった。その道を行っていた…
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《鞍馬川の合歓》

 三重県ではもうネムが咲いているのをネットで知って、少し気持ちがあせっていたが、花巻から京都に戻ったのが21日。それで22日に、毎年ネムの花を楽しんでいる市原近くの鞍馬川ぞいのところに行った。だがはじめにはまったくネムの花の姿が見えない。もしかして木をすっかり移し変えてしまったのかと思うほどだった。車を止めて、だいぶ歩いて、やっと咲…
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《宮沢賢治のポトラッチ---レジュメと資料---》

 一昨日(6月6日)の宮沢賢治研究会 第281回例会のレジュメと配布資料を多くの方の便宜を考えて公開します。モースの翻訳や紹介はイマイチの所が多いのですが、これもそのままにしておきます。誤りなどありましたらご教示いただければ幸いです。 2015/06/06 宮沢賢治研究会 6月第281回例会 千駄ヶ谷区民会館 …
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《ニーチェから賢治へ ---献身と計算》 レジュメ--- 退任特別講義「哲学の時」

《ニーチェから賢治へ ---献身と計算》 レジュメ 退任特別講義「哲学の時」 2015年3月21日 京都造形芸術大学人間館NA412 第一部:ニーチェの語る「神は死んだ」という不思議な事件 1.ニーチェはそれをどう語っているか?  a. 自覚することなく彼らは神を死なしめた:神を死なしめること、それはかれら…
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《ニーチェから賢治へ 資料4 ---宮沢賢治とポトラッチ他》

○われわれは宮沢賢治の作品から「どのような聖なる遊び」を引き出して来ることができるだろうか。そのような見通しの中で賢治の中にうずまく贈与の問題を、4つの観点から考えてみたい。 1)「祭の晩」の贈与の狂騒:主人公の少年亮二は、祭りの中の出店で助けてやったお礼に山男から山ほどもある薪とうい途方もない返礼を受ける。そ…
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《「刊行」ではなく「発行」》

 宮沢賢治学会イーハトーブセンター「会報」第49号のわたしの署名記事「報告 宮沢賢治学会・京都セミナー二〇一四《宮澤賢治---修羅の誕生》」(p.20)の中ので、 >「今回のセミナーは、たまたま『春と修羅』刊行九〇年という記念すべき日の開催になりましたが、…… のところの「刊行」ですが、わたしが書き、また要求したのは「刊…
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《高橋美雄さんのところに寄った-----花巻》

 先日のなめとこ山に登った時の写真お渡しすべく、高橋美雄さんのところに寄った。寄ると言っても駅から近いわけではないので、またタクシーを使って行くほど大げさなことでもないので、レンタル自転車で行くことにした。自転車で行くのははじめて。  わからないながら四号線とは違う道を通って、だが見なれた通りもあるので、さほど難なくたどり着くこと…
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《いかにも確かに継起するもの》  (哲学コラム4)

 岩手県、小岩井農場の上丸牛舎構内に、宮沢賢治の「小岩井農場 パート1」から取った詩の四行が刻まれた詩碑が建っている。その詩は次のものだ。 > すみやかなすみやかな万法(ばんぽふ)流転(るてん)のなかに > 小岩井のきれいな野はらや牧場の標本が > いかにも確かに継起(けいき)するといふことが > どんな…
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生成変化---強度に、植物に、微塵になること (哲学コラム)

 ひとがある触発を受け、心の奥底のひそかな繋がりに動かされるとき、ひとは何か見知らぬものに生成変化を遂げているのではないだろうか。宮沢賢治の「告別」という詩はこんな言葉からはじまる。 「おまへのバスの三連音…中略…/その純朴さ希みに充ちたたのしさは/ほとんどおれを草葉のやうに顫はせた」 賢治はこのとき草へと、草葉へと…
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《宮沢賢治の修羅 ノート11 梅原猛の『地獄の思想』》

 梅原猛の『地獄の思想』の中には、宮沢賢治を論じた章がある。「第十章 修羅の世界を超えて(宮沢賢治)」がそれだ。今宮沢賢治について何を論じるべきかということを考える場合、欠かすことの出来ない一冊である。宮沢賢治学会・京都セミナー2014《宮沢賢治 修羅の誕生》の開催を明日に控え、今日一日、ゆっくりと読んでみた。  わた…
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《宮沢賢治の修羅 ノート10 「春と修羅」》

詩「春と修羅」の作品紹介と若干の注。   春と修羅     (mental sketch modified) 心象のはひいろはがねから あけびのつるはくもにからまり のばらのやぶや腐植の湿地 いちめんのいちめんの諂曲(てんごく)模様 (正午の管(くわん)楽(がく)よりもしげく 琥珀の…
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《宮沢賢治の修羅 ノート9 修羅の誕生」》

 管見宮沢賢治のテキストにおける「修羅」の語の初出は、先に「ノート4」で紹介した、書簡165、大正9年6-7月のものである。これは自分自身のいらだちや怒りに修羅を見、それを修羅と名づけたものである。このいらだちや怒りの姿は、「春と修羅」における「おれはひとりの修羅なのだ」という言明に繋がる。はぎしり燃えてゆききする修羅。  わたし…
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《宮沢賢治の修羅 ノート8 「蜘蛛となめくぢと狸」》

 宮沢賢治の最初期の童話作品を紹介しておきたい。「蜘蛛となめくぢと狸」は賢治の処女作の童話で、大正七(1918)年八月に家族に読んできかせたものであるという。以下のテキストを、天沢退二郎は、このとき家族に読みきかせたものに幾らか推敲を加えたものである、と推定する。しかしともあれわれわれはこのテキストの内に上記の時期における賢治の思索…
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《宮沢賢治の修羅 ノート7 賢治仏教の修羅》

 童話『二十六夜』は、賢治仏教の骨子を示した作品に見える。ここで語られている教えを、わたしは賢治仏教と呼んでみたい誘惑に駆られる。末尾の二十六夜の月とともに来迎した「疾翔大力に主人公が救い取られるさまは、衆生が阿弥陀仏に摂取されるさまに似ていて、むしろ浄土教的なシーンに見えるのだが、賢治にとっては、それも構わないことだったのだろう。…
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《修羅成仏の作法》(宮沢賢治の修羅 ノート6)

 私が「修羅成仏の作法」と名づけたい宮沢賢治のテキストはこれだ。このテキストを、「ノート5」に上げた「病血熱すと雖も」のわが修羅の心身を仏国土たらしめるために賢治が見出した作法と考えたいのである。『雨ニモマケズ』手帳の、93頁・94頁に記されている。 わが六根を洗ひ 毛孔を洗ひ 筋の一一の繊維を濯ぎ なべての細胞を滌…
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《宮沢賢治の修羅 ノート5 修羅の成仏2》

 宮沢賢治のいわゆる『雨ニモマケズ手帳』の中の「病血熱すと雖も」(昭和六(1927)年)で始まる詩を紹介する。ここには「修羅の成仏」という問題の最も核心的な問題が、自らの三重の熱悩のたなだなかでリアルに把握され、恨み怒るみずからの瞋恚の心身そのものが「修羅」として捉えられている。しかしこの修羅のただ中にあることは「道場」…
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